交通事故によって脊髄損傷となった場合には、後遺障害等級認定を受けることにより、障害の程度に応じた補償を受けることができます。また、脊髄損傷の場合においても、基本的には他の後遺障害の場合と同様の損害賠償を求めていくことになります。本ページについては、これらについて、概要や問題点等について解説します。
目次
1. 脊髄損傷とは
脊髄損傷とは、文字の通り脊髄が損傷を受けることであり、運動障害や感覚障害などをもたらす状態をさします。
1-1. そもそも脊髄とは・・・?
脊髄とは、延髄と呼ばれる脳幹の下方組織の続きとして、頭蓋骨に続く脊柱の中央を上下に貫く脊柱の中に入っている白色の紐状の束となっている器官のことを指します。
脊髄は、脳と共に中枢神経を構成しており、この中枢神経が、体と脳を繋ぐ役割(神経伝達機能)を果たしているため、脊髄が損傷されると脳から体(又は体から脳)への信号が上手く送れなくなってしまい、その結果、麻痺を代表とする症状を発症することになります。
神経は、上方から下方へと流れていますので、上方の脊髄を損傷すると、損傷した箇所以下の神経支配領域に麻痺などの症状を残すことになります。また、脊髄損傷は直接的な症状だけでなく多くの合併症を発症しやすい傷病でもあります。
脊髄損傷は、交通事故などを原因として、脊椎が骨折・脱臼することで保護されていた脊髄が圧迫されることで発症します。
このように脊髄は、延髄から身体の下に向かって伸びる神経で、腕や足などさまざまな部位の神経に派生してつながっているため、損傷した脊髄の箇所・程度に応じて現れる症状は様々です。
2. 脊髄損傷の症状と分類
脊髄損傷の主な症状としては
- 手足が動かなくなる、感覚がなくなる
- しびれ
- 呼吸運動障害
- 排尿、排便障害
- 自律神経障害(体温調節・代謝機能などの喪失・低下)
等が挙げられます。
また、脊髄損傷は「損傷の程度」と「症状の現れる部位」によって分類することができます。
損傷の程度による分類
- 完全損傷
脊髄が横断的に離断されることにより神経伝達機能が完全に断たれること。完全損傷の場合には損傷部位以下の機能が完全に麻痺してしまう。
- 不完全損傷
脊髄が横断的に離断されているわけではないけれども損傷しているという状態。この場合でも麻痺を含む様々な症状を発症することになる。
症状の部位による分類
- 単麻痺
脊髄を損傷したことにより、1つの上肢・下肢に麻痺や機能障害を残す状態のこと
- 片麻痺
脊髄を損傷したことにより、片方の上肢・下肢に麻痺や機能障害を残す状態のこと
- 対麻痺
胸髄、腰髄、仙髄、馬尾の損傷によって両下肢及び骨盤臓器に麻痺や機能障害を残す状態のこと
- 四肢麻痺
頸髄を損傷することによって両上肢両下肢及び骨盤臓器に麻痺や機能障害を残す状態のこと
中でも、麻痺の程度は、高度・中度・低度の3つに分類することができます。
麻痺の程度
- 高度
障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性がほとんど失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作(下肢においては歩行や立位、上肢においては物を持ち上げて移動させること)ができないもの
- 中度
障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が相当程度失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作にかなりの制限があるもの
- 低度
障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が多少失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作を行う際の巧緻性及び速度が相当程度損なわれているもの
3. 脊髄損傷の治療について
脊髄を取り囲んでいる脊椎は、骨であるため、基本的に修復が可能です。しかし、脊髄は神経であるため、残念なことに、一度損傷を受けてしまうと、元に戻ることはありません。
よって、脊髄を損傷した場合の治療法としては、神経と身体の機能回復を図り、残存機能をうまく機能させて日常生活が送れるように、地道に脊椎の安定とリハビリを行うことが、主な治療法となります。
脊椎を損傷して間もない急性期は、一刻も早くリハビリを開始して、脊髄と脊椎の骨を修復していきます。脊椎がずれるなどして安定せず、身体を動かすと麻痺や障害の範囲が広がる恐れがあると判断された場合は、まずは装具や手術で脊椎の安定を図る治療法が一般的です。
また、損傷個所が脊椎ではなく頸椎の場合は、呼吸障害、低血圧、徐脈などの症状が出てしまうため、生命維持を行うために集中治療室での管理治療が行われる場合もあります。
4. 脊髄損傷の後遺障害等級認定基準
脊髄損傷は、前述のとおり、基本的に回復することはありません。
よって、交通事故によって脊髄損傷となった場合には、後遺障害等級認定を受けることにより、障害の程度に応じた補償を受けることができます。
脊髄の損傷による障害は、前述した分類を考慮し、次の7段階に区分して、等級を認定することとなります。
第 1 級 1 号
「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」
- 高度の四肢麻痺、対麻痺の場合
- 中等度の四肢麻痺、対麻痺で、かつ食事・入浴・用便・更衣など常に介護を要する場合
- 高度の単麻痺で、かつ食事・入浴・用便・更衣など常に介護を要する場合
第 2 級 1 号
「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」
- 中等度の四肢麻痺の場合
- 軽度の四肢麻痺で、かつ食事・入浴・用便・更衣などに随時介護を要する場合
- 中等度の対麻痺で、かつ食事・入浴・用便・更衣などに随時介護を要する場合
第 3 級 3 号
「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、終身労務に服する事ができないもの」
- 軽度の四肢麻痺の場合
- 中程度の対麻痺の場合
第 5 級 2 号
「神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服する事ができないもの」
- 軽度の対麻痺の場合
- 高度の一下肢の単麻痺の場合
第 7 級 4 号
「神経系統の機能または精神に障害を残し、軽易な労務以外に服する事ができないもの」
- 中等度の一下肢の単麻痺
第 9 級 10 号
「神経系統の機能または精神に障害を残し、服する事ができる労務が相当な程度に制限されるもの」
- 軽度の一下肢の単麻痺
第 12 級 13 号
「局部に頑固な神経症状を残すもの」
- 軽微な麻痺
- 運動障害はないが、広範囲にわたる感覚障害
5. 脊髄損傷の後遺障害等級認定と問題点
5-1. 等級認定について
脊髄損傷の場合の後遺障害認定基準は、前述した「脊髄損傷の後遺障害等級認定基準」において説明したとおりですが、後遺障害の等級認定においては、脊髄損傷(麻痺の範囲及び程度)の裏付けとなる所見の存在が必要となります。
また、被害者の訴える症状と各検査における所見の整合性、症状の経過や推移、事故の衝撃の程度などを総合的にみて、麻痺の範囲や程度などが検討・判断されることになります。
自賠責保険では、後遺障害診断書の他に、脊髄症状の具体的な程度の判定や神経学的所見に関する資料、また、これらを裏付けるCT・MRI等の画像や検査所見、さらに被害者の日常生活における動作能力や生活状況を示す報告書などの資料を提出し、等級認定を受けることになります。
5-2. 等級認定に関する診断・検査方法
後遺障害の認定を受けるためには、主治医に、適切な後遺障害の診断書を作成してもらうことが非常に重要になります。しかし、診断書を作成するのは症状固定時、つまり、治療が一段落ついたタイミングになるため、その間に適切な検査を行っておく必要があります。
① 神経学的検査
神経学的検査においては、深部腱反射の減弱・消失や、病的な反射の有無を調べたり、徒手筋力テストといった筋力の検査、膀胱や肛門括約筋機能の検査、感覚テスト等を行うことにより、脊髄損傷の起きている範囲(損傷高位)と程度が検討されます。
病的反射テストと呼ばれるものは、脊髄損傷をしている場合にのみ見られる反射運動なので非常に重要です。頚髄損傷の場合は、ホフマン反射やトレムナー反射、腰髄損傷の場合はバビンスキー反射や膝クローヌス・足クローヌスなどの検査が考えられます。
② 画像検査
- X線検査
脊椎の骨折や脱臼等の確認、脊柱の不安定性の評価のために、X線検査によって傷害部位の診断がなされることがあります。
X線検査によって脊椎に骨折や脱臼などの損傷がある場合には、その中の脊髄も損傷している可能性があります。また、頸椎症や脊柱管狭窄症などの脊髄圧迫所見が見込まれる場合には、骨折等を伴わない低度の衝撃でも脊髄が損傷する恐れがあります。
- CT、MRI撮影
X線検査線検査は主に骨の状態を見るものであるため、神経は写りません。
脊髄損傷が疑われる場合には、CTやMRIを撮影して、具体的な脊髄の損傷部位が診断されます。脊髄損傷における所見としては、特に制度の高いMRI検査の所見が重要視されています。
脊髄損傷では、これらの画像診断における所見が非常に重要な診断根拠となります。画像診断のみで損傷が明らかにならない場合には、神経学的検査や電気生理学的検査を補助的に行い、診断を行うこととなります。
③ 電気生理学的検査
脊髄は神経の束であり、神経は電気信号を伝達するものです。よって、電気によって刺激を与え、その神経刺激による異常波を観測することで、脊髄の損傷の有無、また損傷の部位を判断します。この電気生理学的検査は、筋力低下、麻痺、筋萎縮などの診断に有用とされています。
これらの検査を適切に行い、治療を継続し、その記録を正確に残しておくことで、最終的に後遺障害の申請をする際に、実際に生じている障害を説明・立証することができるようになります。検査により、脊髄損傷を裏付ける結果が出た場合、医師にその所見をきちんとカルテ等に記載してもらえば、適切な等級認定の獲得につながります。
5-3. 脊髄障害の等級認定に関する問題点
① 中心性頚髄損傷
脊髄損傷の診断がなされる場合に、「中心性頚髄損傷」と診断される場合があります。
中心性頚髄損傷とは、骨傷を伴わないもしくは骨傷が明らかでない脊髄不全損傷で、頚髄が完全に損傷するのではなく、頚髄の中心部分だけに損傷が生じる脊髄損傷をいいます。頸部が急に後ろに反り返ることにより、頸随の中心部が損傷を受けて、上肢や下肢に運動障害が発生したり、疼痛やピリピリするような痺れが発生したりする症状が現れます。
MRI検査で高輝度所見がない頸椎症やむち打ちの症状が混在しており、画像によって所見が確認できないケースも多いことから、脊髄障害と認定されずに問題となるケースが非常に多いのです。
よって、認定を得るためには、医学的所見や症状の経過を慎重に検討する必要があります。仮に、脊髄損傷として認定されない場合には、末梢神経障害や非器質性精神障害(転換性障害、外傷性神経症、うつ病など)として認定が受けられないかどうかについて検討する必要があります。
② 経年性の変形が認められる場合
椎間板ヘルニアや後縦靱帯骨化症、脊柱管狭窄症など、経年性の脊椎変形が認められる場合、それらの症状の原因がそもそも交通事故にあるのかどうかといった点で問題となるケースがあります。
このような場合、脊髄損傷を基礎づける所見や症状経過の有無、他の原因の可能性などを、画像検査等の結果を踏まえて慎重に判断されることとなります。
これらの経年性の変性の原因が元々罹患していた疾患であると認められ、損害の発生や拡大に影響している場合には、その影響の度合いにより、賠償額の減額が認められる場合があります。
③ 画像上・神経学上の異常所見が認められない場合
脊髄障害が疑われるような症状が残存しているが異常所見がない、そのような場合は、脊髄損傷と認定されることは極めて困難です。
脊髄障害と認められない場合であっても、事故後、一貫して神経症状を訴えている場合は、末梢神経障害として認定されたり、それも認められないケースでは非器質性精神障害として認定されることがあります。
④ 症状の経過が一般的な傾向と整合しない場合
脊髄障害の症状は、事故直後に最も重篤となるケースが多いです。しかし、事故から少し時間が経過した後に症状が悪化したり、傷病名が変遷するようなケースもあります。
このような場合、交通事故の詳細、通常の病態との乖離の状況などを踏まえて、医学的に合理的な説明ができない場合には、脊髄障害が否定されてしまう可能性があります。
6. 脊髄損傷の損害賠償
脊髄損傷の場合においても、基本的には他の後遺障害の場合と同様の損害賠償を求めていくことになります。
交通事故により脊髄損傷を負った場合の損害賠償の費目は、他の後遺障害と同様、傷害部分と後遺障害部分とに大きく分かれ、傷害部分については、治療費、入院雑費、通院交通費、休業損害、通院慰謝料などがあり、後遺障害部分については、後遺障害慰謝料・後遺障害逸失利益・将来介護費などがあります。
脊髄損傷を負った場合に特に問題になる損害は、
- 住宅改造費
- 自動車改造費・介護車両費
- 将来介護費
- 将来治療費・将来手術費
などです。以下、詳しく説明していきます。
6-1. 住宅改造費
交通事故により脊髄損傷を負ってしまうと、後遺障害によって生じる日常生活上の困難をできる限り回避するために、車椅子を使えるように自宅の段差を解消したり、浴室やトイレを介護用に改造したりするなど、自宅を改築あるいは新築したり、移動に便利なように設備を設置する必要が生ずることが多いです。
この場合、後遺障害の程度や生活環境等を考慮し、身体機能を補うために必要かつ相当な限度で、賠償が認められます。
自宅を改築・改造、あるいは購入するのに支出した費用がそのまま全額損害額として認められる場合もありますが、多くのケースでは、後遺障害の程度や生活環境などを考慮し、改築等の必要性、支出額の相当性が認められる範囲で、賠償が認められています。
自宅が改造に適さず、新たに住宅を購入する必要性がある場合は、通常住宅の新築費用と介護用の新しい住宅の新築費用の差額のみ、といった算定がなされ、同居家族も便益を受ける場合は、一定金額が減額される可能性があります。
同様に、新築ではなく介護に対応した他の賃貸住宅に転居するという場合、原則的には、転居費用のほか、通常住宅と介護用の住宅の家賃の差額のみが損害として認められます。
6-2. 自動車改造費・介護車両費
交通事故により脊髄損傷を負い車椅子生活になってしまった被害者が自立した生活を営むためには、上肢だけで運転ができるように車両を改造する、もしくは、車椅子のまま乗れる車両が必要となります。
自動車を改造する必要がある場合、自動車改造費については、住宅改造費と同様、後遺障害の程度や生活環境等を考慮して、身体機能を補うために必要かつ相当な限度で、賠償が認められます。また、被害者以外の家族も乗る場合には、その家族の利便性を考えて、車両購入費の一部のみを損害とする場合もあります。
新たに介護用自動車を購入する場合は、購入費用全額ではなく、原則的には、通常の自動車と介護用の自動車の差額のみが損害として認められます。
6-3. 将来介護費
交通事故により脊髄損傷を負い、症状固定後も在宅で親族や職業介護人の介護が必要な場合は、将来の介護費が損害として認められる可能性があります。将来の介護費は、介護者が近親者介護人か職業介護人かを区別し、さらに介護する親族の有無や就労状況、具体的な介護の態様を考慮して算定されます。
原則としては、「1年間の介護費の評価額×症状固定時における平均余命に対応するライプニッツ係数」で計算されます。1年間の介護費の評価額は、近親者介護人の場合は、常時介護を要する場合で日額8000円が一応の基準とされていますが、具体的な介護の態様を考慮して、増額されることもあります。職業介護人の場合は、必要かつ相当な実費として、8000円から2万5000円程度の範囲で認められています。
また、必ずしも、職業人介護と近親者介護の二者択一になるというわけではなく、例えば、被害者が若年の場合、介護にあたる近親者の就労可能年数(67歳まで)は近親者介護前提の介護料、その後は職業人介護前提の介護料で算定する場合や、近親者が就労している場合は、平日のみ職業人介護前提の介護料、休日は近親者介護前提の介護料、といった算定方法を採用する場合もあります。
介護が要件とされていない3級以下の後遺障害等級であっても、排尿・排便、食事、入浴、体位変換、衣服着脱などの日常生活に支障がある場合には介護費用が認められる傾向にあります。もっとも、将来労務に服することが困難であっても日常生活動作に支障がない場合には、介護費用は否定される傾向にあります。したがって、3級よりも低い等級では、介護費用が認められる可能性は低いといえます。
さらに、近年、一回の支払で賠償する「一時金賠償」に対して、例えば1か月に一回のように定期的に連続して一定額を支払う「定期金賠償」という賠償方法を認める民事訴訟法117条が新設され、それ以後定期金賠償を採用する判決も出てきています。