交通事故の最たる被害は当然死亡事故ですが、死亡事故に匹敵するほどの重症な障害として「植物状態」という被害があります。「植物状態」とは、脳に大きなダメージを負うことで、意識不明のまま寝たきりの状態が続くことを言います。最も重い後遺障害とされています。
植物状態といわれる状態は、「遷延性意識障害」であることを指します。本ページでは、では、遷延性意識障害とはどのような障害なのか、遷延性意識障害についての後遺障害慰謝料はどのようになっているのか、について具体的にご説明します。
目次
1. 植物状態とは
植物状態は、下記の6つの症状が、3ヶ月以上続く状態のことを指します。
- 自力で移動ができない
- 自力で摂食することができない
- 便、尿失禁
- 声は出せても意思疎通ができない
- 開眼、手を握る等の簡単な命令には応答できるが、それ以上の意思疎通はできない
- 眼球が物を追うことはできても、それ以上の認識はできない
「脳死」と同じ状態と思われている方が非常に多いですが、「脳死」と「植物状態」の違いは、植物状態は自発呼吸ができるのに対し、脳死はそれができないということです。また、植物状態といわれる状態は、「遷延性意識障害」であることを指します。遷延性意識障害の原因となるのは、交通事故などによる頭部・脳への強いダメージです。
植物状態になってしまうと、ご本人はもちろんですが、介護をするご家族などの精神的・経済的・肉体的な負担も非常に大きくなってしまいます。
では、遷延性意識障害とはどのような障害なのか、遷延性意識障害についての後遺障害慰謝料はどのようになっているのか、について具体的にご説明します。
2. 植物状態の後遺障害等級
交通事故によって植物状態となり、後遺障害認定を申請した場合、認定される後遺障害等級は以下のようになります。
1 級 1 号
神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
【認定基準】
「常に介護を要する」とは、次の1、2のいずれかに該当すること
- 食事、入浴、用便、更衣などに常時介護を要する
- 高次脳機能障害による高度の痴呆や情意の荒廃があるため、常時監視を要する
これは、後遺障害等級の中で最も重いものになります。遷延性意識障害で植物状態になってしまうと、元の健康な状態に戻ることは難しいと言えます。回復したケースもみられますが、ほとんどの場合は常に介護を要する寝たきりの状態になってしまう可能性が高いといえます。
後遺障害第1級と認定されれば、自賠責保険からは、4000万円を上限とした保険金が支払われます。
3. 遷延性意識障害の損害賠償について
3-1. 慰謝料の相場
慰謝料の金額は、相手方が算定に使用する基準(自賠責基準・任意保険基準)と、弁護士が算定に使用する基準とで大きく異なります。
交通事故による植物状態に対応する後遺障害慰謝料は以下のようになります。
- 自賠責基準
1600万円
- 弁護士基準
2800万円
弁護士に依頼することで、約1.75倍の後遺障害慰謝料を請求することができます。慰謝料の増額を希望される方は、早い段階からの弁護士への相談が重要になります。
また、ここで示している後遺障害慰謝料は、交通事故で受けた被害に対する損害賠償の一つです。損害賠償としては、後遺障害慰謝料にくわえて、治療費・介護費用、休業損害など様々な損害が合計されることになります。
3-2. 損害賠償の概要
遷延性意識障害は、常時介護を要する状態になってしまう状態であるため、損害賠償額は、自賠責保険や自動車保険からの既払分を差し引いても、2~3億円となることは珍しくありません。また、裁判所で認定される金額も、一般的に非常に高額となるケースが多いといえます。
3-3. 問題となる損害項目
ここでは、遷延性意識障害において問題となる賠償上の項目について説明します。
遷延性意識障害となってしまった場合、被害者の方に付き添い、看護をしていくために非常に大変な労力を伴います。加害者側と賠償の交渉をする際には、事故から現在まで取り組んできたことの労力を評価するほか、将来必要となる労力・費用を評価して、賠償を受けることになります。
遷延性意識障害において特に問題となるのは、将来の介護費用です。遷延性意識障害の場合、問題・論点となる将来の介護費用としては以下のものがあります。
① 自宅での介護費用
植物状態となった被害者の介護は24時間にわたります。自宅で24時間にわたる介護は、介護者にとって大変な負担となります。介護者の体力にも限界があります。負担軽減のために、職業介護人を雇う必要が出てくる場合もあります。
介護費は、日額の付添介護費に、平均余命を掛け合わせて計算して決められることが多いです。例えば、裁判実務上参照される基準によれば、医師の指示または症状の程度により、必要があれば被害者本人の損害として認めるとし、職業介護人は実費全額、介護者の付添介護費は、1日8,000円と評価する基準が紹介されています。裁判例によっては、事案の特性を踏まえ、これより高い金額が認められるケースもあります。
職業人付添人の介護費用は非常に高額になることが多いため、この必要性をめぐって論点になることも多いです。
② 自宅・自動車の改造費用
自宅での介護となった場合、自宅の部屋や玄関、廊下、ドア、洗面所、浴室等、様々な箇所を介護仕様に改造する必要が生じてきます。裁判例では、これらは被害者の介護に必要かつ相当と言える場合に損害として認められていますが、家族の便益にも供される場合には、一定の減額がなされる場合もあります。
また、介護のために必要な土地を購入して介護用の住宅を新しく建築した場合も、在宅介護用の住宅取得費用と通常の住宅取得費用の差額について、事故に起因する損害として認められる場合もあります。
また、自動車の改造費についても、住宅と同様、必要かつ相当と認められる費用については、事故に起因する損害として認められる場合があります。
③ 介護用品やその他消耗品の費用
将来、必要となる介護用品その他の消耗品等の雑費についても、必要かつ相当と認定されれば、賠償の対象となります。
裁判上認められた例としては、
おむつ代、エプロン代、ゴム手袋代、人工的な導尿のためのカテーテル代、自宅改造で設置したスロープ、 介護ベッド、 介護リフト、浴室リフト、シャワーキャリー等の各設置費用及びそれらの保守管理費用、蘇生バッグ、痰吸引器及び吸入器、パルスオキシメーター及び血圧計等の医療機器の備置き費用、空気清浄機などのレンタル・購入費
が挙げられます。
このように、一口に「将来の介護費用」といっても、介護の具体的内容・状況に応じて損害賠償の内容も変わってきます。分からないことも多々あるかと思いますので、まずは私ども弁護士に一度ご相談ください。
4. 遷延性意識障害の主な問題点について
4-1. 成年後見問題
交通事故で遷延性意識障害になってしまった時、成年後見問題が必ず絡んできます。
健常者であれば、日常生活を自分の判断で行うことができます。しかし、このような日常生活上の必要な判断を自分で行うことができなくなってしまった方は、自分で財産の管理を行うことができなくなります。そこで、このような方の代わりに財産管理を行ってくれる人の選任を行うことが、成年後見制度です。
では、なぜ、成年後見制度が関係してくるのでしょうか。
一番の理由は、「損害賠償請求」です。交通事故の被害者は、加害者に対して損害賠償請求権を有しています。遷延性意識障害になった被害者の方も、この損害賠償請求権を有しています。この損害賠償請求権を行使するのも財産管理の一環であり、被害者の代わりに損害賠償請求権を行使する人として、成年後見人が必要になるのです。
後遺障害を負った人が未成年の場合は、両親が法定代理人として弁護士への依頼や損害賠償交渉を行えます。しかし、後遺障害を負った時点で成人している場合、自身では損害賠償の交渉をすることや弁護士への依頼をすることができないため、成年後見人が選任される必要があります。
また他にも、銀行でお金を引き出そうとする際、口座名義人が遷延性意識障害になったということが判明すると、口座から出金できない場合があります。このような時は、成年後見人でないと口座から預貯金をおろすことができません。
一般的に、被害者の家族もしくは親族が成年後見人になることが多いのですが、弁護士が成年後見人となることにより、様々な手続きを迅速に進めることができ、損害賠償請求についても適正な金額を得ることができると言ったメリットがあります。
4-2. 平均余命の問題
通常の損害賠償金額の計算方法の場合、被害者の平均余命までの損害を対象とします。
しかし、交通事故で植物状態となった方の推定余命を口頭弁論終結時から10年間とした原判決を支持する最高裁判決や、それを支持する有力学説などがあることから、加害者側が「遷延性意識障害者の余命は健常人の平均余命より短い」などと主張し、将来の介護費用や逸失利益の計算などをめぐって、賠償金の減額を求めてくることがあります。
これまでの裁判例では、この余命制限を採用しないといった意見が多く占めていますが、保険会社からの提案については、交通事故に詳しい弁護士に相談し、必ず妥当性を確認してから合意することをおすすめいたします。
4-3. 定期金賠償問題
被害者が植物状態となった場合や、介護を要するほどの手足の麻痺などの重度の後遺障害が残ってしまった場合は、一定の金額を、確定した期間もしくは不確定の期間にわたって定期的に支払うというような内容の示談や、これを命じる内容の判決がなされることがあります。これを定期金賠償方式と呼びます。
被害者の方が植物状態になってしまった場合、その先ずっと介護が必要になるため、将来介護費用が賠償されなければなりませんが、何十年もの長い期間介護が必要になるケースも多くあり、そのような場合、最終的にどのくらいの介護費用が発生するのか予測できません。このような不都合を避けるために用いられるのが、定期金賠償方式です。
法律上、定期金賠償を定義した条文はありませんが、定期金賠償を前提とした条文は存在し、被害者側から定期金賠償方式での損害賠償請求を行うことも可能です。
しかし、原告が一時金賠償の方法での賠償しか求めていないのに対し、裁判所が定期金賠償を認めても良いのかどうかといった問題があります。この点においては、下級審判例では、原告が請求していなくても、定期金賠償を認める傾向にあります。原告側としては、一時金賠償の方法で求めることが一般的ですが、場合によってはこのような方法もあり得るといえます。
実際に、平成25年において、
- 現時点において、被害者の明確な余命の予測が困難であること
- 本件において、平均余命を前提として一時金で介護費用の賠償を認めた場合には、賠償額に過多もしくは過少が生じ、当事者間の公平を著しく欠く恐れがあること
- 賠償業務を負う保険会社の企業規模に照らし、将来にわたって履行が確保できるといえること
以上を根拠に、定期金による賠償を認めた裁判例もあります。
① 定期金賠償のメリット
- 植物状態となった場合、長期間にわたって介護費用がかかることが予想されるとしても、被害者がいつまで生きることができるのか、介護費用が必要な期間が最終的にどれくらいなのかを、正確に予測することはほとんど不可能です。
そのような場合、定期金賠償方式であれば、現在支払っている介護費用を基準に認定でき、将来の介護費用の認定の困難さを回避することができます。
- 裁判所の認定よりも長生きしたため賠償費用が足りなくなってしまったり、逆に早期に死亡したため家族が得をしたりといった不公平さを回避することができます。
- 一時金賠償の場合、高額な賠償金が一括で支払われるため、賠償金が計画的に費消されないために、被害者が亡くなる前に介護費用が尽きてしまう可能性があります。
しかし、定期金賠償方式では、定期的に賠償金が支払われるため、このようなリスクを回避することができます。
また、定期金賠償方式であれば、将来介護費用に変動が生じてしまった場合は、その時点で判決の変更を求める事ができ、その時ごとの被害者の生活状況にふさわしい賠償が可能といったメリットがあります。
② 定期金賠償のデメリット
- 一時金賠償の場合は、一括払いで賠償金の支払いを受けるため、その後の加害者側の資力を心配する必要はありません。
しかし、定期金賠償方式の場合、加害者側の資力が悪化してしまった場合、支払いが困難になるといったリスクもあります。支払い義務者が保険会社である場合、心配のない場合が多いですが、数十年後に保険会社が破綻しないとは断言できないため、万が一保険会社が倒産してしまった場合には、以降の賠償金の支払いを受けることができない可能性があります。
- 定期金賠償の場合は、将来の事情が不確かなまま、将来の変更がありうることを前提とし、支払いが継続的に行われるため、被害者側に被害感情がいつまでも残ってしまい、被害者の心理として、終局的な解決を図ることができないというデメリットがあります。
5. まとめ
以上のように、植物状態は、死にこそ至りませんが、寝たきりの状態でその後の人生が奪われることになります。そういった状態にも関わらず、相手方の保険会社から提示を受ける損害賠償は、損害に対して不十分であることが多くみられます。
損害に対して補償を十分に受け取るには、弁護士に依頼することがポイントです。保険会社との示談交渉など弁護士に一任することで、慰謝料が増額する可能性が高まり、面倒な手続きからも解放されます。
植物状態におちいったことに対する慰謝料はどのくらいになるのか、後遺障害等級の申請方法など、まずは、当弁護士法人きさらぎに一度ご相談ください。